「手塚治虫と幼年漫画の歴史」展のギャラリートークへ行ってきました。
展示の解説を読んでいたときに、一緒にいっていたM女史が
「そういえば、竹内先生って、手塚治虫の作風を『まるまっちぃ』って表現してたよね~」と。
「そうやったけ???」と全く覚えていない私。

ギャラリートークでは、手塚治虫の幼年漫画の年代順に紹介しながら、影響をうけたであろう物・事についても解説してもらいました。

昭和51年に発行された漫画雑誌『リリカ』(サンリオ)に掲載されている「ユニコ」は文字が横書きでかかれています。
『リリカ』は欧米で出版することを視野に入れて発行されていたので、左綴じです。欧米で出版していたのかどうかはわからないのですが、ちょっと時期が早かったのかもしれませんね。
今の時代なら充分発行できたかも。

で、やはり竹内先生から「手塚の作風はディズニーアニメに影響されて、『まるまっちぃ』のが特徴で、それが幼年漫画にマッチしますよね」と解説があり、
思わず、M女史と二人で笑ってしまいました。

幼児漫画は、カラーで描かれているのですが、手塚治虫の全集などでは、白黒になってしまっているとのこと。全集にも収められていない作品も幼年漫画の中にはあるそうで、貴重な作品を一同にみることができました。

ギャラリートーク終了後、先生から「どこかの授業でお会いしましたよね」と言われてびっくり。ゼミ生でもないのに、先生よく覚えていらっしゃるな~。

「なつかしの本に出会おう、国際児童文学館ツアー」にも参加。
普段、入ることのできない児童文学館の閉架書架へ。
いつも鍵がかかっている、貴重書架には明治時代の雑誌や児童書がたくさんあり、装丁にこだわり、とてもきれいな本の数々をみると、「子どもの本だからよいものを」との思いで出版をしていた人たちの心意気を感じます。

児童文学館研究職員のSさんに、めずらしい絵本や雑誌をみせていただきながら、解説していただきました。

国立国会図書館にないような本もたくさん収められているとのことで、ここでしかみられない児童書もみせていただきました。

また、まんが雑誌のふろくも全て保管されているので、その一部もみることもできました。

国立国会図書館では、雑誌類はたいてい合本されてしまうので、発刊した状態ではのこっていません。
国際児童文学館では、発刊された当時そのままの状態でのこされているという貴重な資料群。

書架でM女史と偶然にみつけたのは『いちご新聞』の文字。
サンリオのキャラクターグッズを買うと、もらえた『いちご新聞』。あれをもらいたくてグッズを買ったのを思い出しました。
そんな、おまけ的な新聞も保管されています。

ツアーでは、手にとって本や資料を見ることはできませんが、
児童文学館の閲覧室で希望すれば、みることができます。
有料ですが欲しい資料も著作権の範囲内でコピーすることもできるんですよ。

ぜひ一度、見学ツアーに参加してみてください。

—追記------
8月13日のブログ
に書いていた手塚治虫の「チッポくん こんにちは」は、
昭和32年に講談社の「たのしい三年生」に一年間連載されていたとのこと。実は、この作品が手塚治虫が初めててがけた幼年漫画なのだそうです。
私が読んでいた絵本版「チッポくん こんにちは」は、連載作品をうまく一冊にまとめたような作品なのかな?
「たのしい三年生」の作品と同じ内容なのかどうか、一度確認してみたいですね。

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